インド六日目 ジャイプル2 最終日
おばさんとの素敵な出会いがあって、やっぱり旅は面白いなあ、インドに来て良かったなあ、と爽やかな気持ちで山道を下っていると、道端に若い男の人が立っていました。背も高く、なかなか爽やかで男前な人です。
しかしその人、私が歩いてくるのに気がつくと、俯きながら、ズボンを脱いだのです。はらりと。下半身すっぽんぽんです。
「えっ」
と思いましたが、その男の人、なんだか恥ずかしそうというか、控え目というか、
「見ろっ!」
という感じではないのです。
恥じらいつつ、上目遣いで、私を見ています。
そのせいか、全く恐怖を感じません。鼻歌を歌いながら景色の一部として通り過ぎました。
一体何がしたいのか・・。どこの国にも、変な人はいるのだなあ。
しばらく歩くと、山と山のふもとに、古い寺院群が見えてきました。名前からわかるように、そこには猿がたくさんいました。寺院を見ながら食べようと、マンゴーを持ってきていたのですが、猿たちの視線がマンゴーの入ったビニール袋に注がれます。胸に抱えて、しっしっと言いながら猿集団の前を通り過ぎようにすると、後ろから猿にタックルされました。叫び声をあげる私を、インド人達は笑って見ています。
その古い寺院では、今でも人々が祈りを捧げつつ生活しています。古くて、今にも崩れそうな場所もありますが、人々の祈りが行きわたっているせいか、なんだか明るい。ぬくもりのある、優しい印象を受けます。生ぬるいマンゴーをかじりながら、のんびり寺院を眺めます。
そろそろドライバーが心配するだろうと思い、山道を戻り始めました。来るときの十倍くらい辛く感じます。休み休み行こうと思った時、ドライバーがバイクに乗って現われました。
「そこのお嬢さん、乗ってく?」
こんなに気の利く、出来るドライバーに、出会った事がありません。後ろには、友達らしき男の人を連れています。私があまりに遅いので、心配して、バイクを持っている友達に来てもらったのだそうです。なのに私に、遅いよ、と怒るでもなく、心配したよ、と押しつけがましく言うでもなく、冗談っぽく、乗ってく?と聞くのです。
急こう配の山道を、三人乗りのバイクは颯爽と走っていきます。道がでこぼこなので、なかなかスリリングなドライブでしたが、爽快です。あっという間に街に戻ってきました。
何度もお礼を言ってドライバーの友達とはそこで別れ、昨日寝られなかった疲れを考えて、一度ホテルに戻ることにします。
帰り道の途中、バナナを満載にしたトラックの後ろを走っていると、子供たちが走ってきて、荷台からバナナをもいでいきます。
通りすがりのおじさんが、子供たちをどなりつけますが、悪びれる様子も見せない子供たち。私に気がつくと、バナナを食べながら、ハロー、と明るく笑いかけます。
インドの子供たちは強く、そしてみんな楽しそうです。パワーの塊のようです。
インドの大人たちは、悪いことをする子供を、どこの子だろうと容赦なく叱ります。
孤独そうな人がいないのです。誰も無理をしていない、なんだか皆が健康的でまっとうな感じがします。貧困など問題は沢山抱えているとは思いますが、大人がよその子供を叱れる社会である限り、何が起きようと、その国は大丈夫だと思いました。
ホテルの緑豊かな気持ちのいいガーデンで、本を読んだり日記を書いたりしながらゆっくり休み、夕方、夕日を見に、山の上にあるタイガーフォートへ向かいます。
山道を走っていると、古い城壁がどこまでも続いています。マハラジャが作らせたそうです。私は、古い建造物がとても好きなので、可能ならば、その城壁をどこまでも歩いて行きたかったのですが、名前の由来からわかる通り、暗くなるとトラがでるそうなので、やめておきました。
車で走っていると、突然大きなものが飛び立ちました。何かと思って見てみると、孔雀です。孔雀が飛ぶところなんて、初めて見ました。ドライバー曰く、5メートルくらいは飛ぶことが出来るそうです。孔雀のような大きく美しい鳥が飛ぶ姿は、ちょっとすごい光景でした。火の鳥が思い出されました。
車を降り、高台へ向かいます。本当は一人で行きたかったのですが、人が少なくて、観光客もいないので危ない、という事で、ドライバーがついてきてくれました。
タイガーフォートからの景色は、大地でした。広大な大地。
乾燥していて、ほこりっぽくて、緑も少ない砂漠の町なのですが、そこに人々がぎゅうぎゅうと集まり、そのせいもあるのか、豊かで力強い感じがするのです。地球は多様で大きいなあと思いました。
帰り道、車に乗って外を見ていると、古い城壁の上で、落ちてしまった夕日のあとを見つめているインド人がいました。彼にとって、夕日を見つめるのは日常のようでした。ただただぼんやりと、太陽が沈んだ後の空を眺めています。
彼が羨ましくなりました。見ようと思えばいつでも夕日は見られるのに、旅行でも出ない限り、夕日を見ようとは思わない私の日常と彼の日常とでは、なんという差があるのでしょうか。
この人は何を考えているのだろう。どんな毎日を過ごし、どんな人生を送るのだろう。
話したこともない人、二度と会うこともない人の人生に思いを馳せながら、山道を下っていきました。
夕飯は、ドライバーの友達の家でごちそうになることになりました。
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その一帯は下町らしく、外国人は珍しいようで、子供たちがこれでもかというくらい集まってきます。人ごみをかき分けて、おじさんの家に入ります。
長屋のような造りで、親戚や友達などみんなで暮らしているようで、子供が多く、にぎやかです。(ちなみに、インドでは、いとこも兄弟と呼ぶようです。親族の結びつきの強さを感じます)
キッチンには、石造りのかまどがあり、女性たちはしゃがんで家事をしています。小麦粉をねって、適当に分け、器用に丸く広げていき、チャパティが、どんどん出来上がっていきます。
夜ごはんが出来上がるのを待っている間に、トイレを借りると、インドでは紙ではなく水で洗うのですが、その貯めてある水の中で、ぼうふらのようなものが元気に泳いでいました。何とか避けて使用しましたが、気づかなければ良かったです。ちなみにこの水を使う洗浄法、慣れるととっても快適です。
カレーとチャパティをごちそうになった後、その家の女の子に呼ばれて、向かいにある別のお宅に遊びに行きました。
そこでは10代から20代の若い女の子達が5、6人集まって、ヘナタトゥしていました。この地方に昔からあるボディペイントで、ヘナを使って体に絵を描いていくのですが、これがなかなか芸術的で美しいのです。唐草模様のような、流線的で複雑で細かい柄を、指先から手の甲、腕に向かって描きます。私が登場すると、皆にぎやかに迎えてくれ、片言の英語でひとりづつ自己紹介が始まりました。ここでも、私の名前はカナだ、と紹介すると、皆に大笑いされました。
一人の女の子が身振り手振りで、ヘナアートを描いてくれると言います。一番ポピュラーな手の甲に描こうとするのですが、仕事上困るので、上腕の人目につかない場所に描いてもらうよう頼みます。手に描く方がきれいなのに、と残念そうにする女の子達。私も残念でした。手の甲から腕にかけて、唐草模様が絡みつくように描かれているのは、本当に綺麗だったのです。
女の子は、ヘナのチューブをしぼって、私の腕にさらさらと模様を描いていきます。これを、普通の女の子がやってしまえるからすごい。アーユルヴェーダもそうですが、母から子へと伝わる文化があることを、羨ましく感じました。この子たちが都会にでて、サリーではなくジーンズをはき、コーラを飲み、自分達の文化を否定して西洋文化を追いかけるようになったら、寂しいなと思いました。勝手ですが・・。
ヘナタトゥが終わると、今度は皆で歌のお披露目会です。日本の歌を歌って、と言われ、おぼろ月夜を歌いました。女の子達も、恥ずかしがりながらインドの歌を歌ってくれました。皆、本当にうまい。抑揚があり、独特な節回しで音程を自由に操ります。学校で歌い方を学ぶのか、と思えるほどです。その後はインドのポップミュージックをかけて皆で踊ります。正直疲れていましたが、女の子達の、裏表のない、明るい笑顔を見ていると、なんだか期待にこたえなきゃいけない気がして(笑)頑張って踊りました。
一週間という短い旅行でしたが、随分充実の旅行だったな、となかなか満足でした。見たことのない美しい景色を見るのも旅行の醍醐味ですが、現地の人と触れ合う事で旅行はより充実したものになります。
インドには、何度も通う事になりそうだな、次回は、南か西の方かな、そう考えて、今からわくわくしています。
訂正です。ジャイプルの、家族経営の宿の名前は、ヴィシュヌゲストハウスでした。