以前のスタッフブログ

おばさんとの素敵な出会いがあって、やっぱり旅は面白いなあ、インドに来て良かったなあ、と爽やかな気持ちで山道を下っていると、道端に若い男の人が立っていました。背も高く、なかなか爽やかで男前な人です。

しかしその人、私が歩いてくるのに気がつくと、俯きながら、ズボンを脱いだのです。はらりと。下半身すっぽんぽんです。

「えっ」

と思いましたが、その男の人、なんだか恥ずかしそうというか、控え目というか、

「見ろっ!」

という感じではないのです。

恥じらいつつ、上目遣いで、私を見ています。

そのせいか、全く恐怖を感じません。鼻歌を歌いながら景色の一部として通り過ぎました。

一体何がしたいのか・・。どこの国にも、変な人はいるのだなあ。

しばらく歩くと、山と山のふもとに、古い寺院群が見えてきました。名前からわかるように、そこには猿がたくさんいました。寺院を見ながら食べようと、マンゴーを持ってきていたのですが、猿たちの視線がマンゴーの入ったビニール袋に注がれます。胸に抱えて、しっしっと言いながら猿集団の前を通り過ぎようにすると、後ろから猿にタックルされました。叫び声をあげる私を、インド人達は笑って見ています。

その古い寺院では、今でも人々が祈りを捧げつつ生活しています。古くて、今にも崩れそうな場所もありますが、人々の祈りが行きわたっているせいか、なんだか明るい。ぬくもりのある、優しい印象を受けます。生ぬるいマンゴーをかじりながら、のんびり寺院を眺めます。

そろそろドライバーが心配するだろうと思い、山道を戻り始めました。来るときの十倍くらい辛く感じます。休み休み行こうと思った時、ドライバーがバイクに乗って現われました。

「そこのお嬢さん、乗ってく?」

こんなに気の利く、出来るドライバーに、出会った事がありません。後ろには、友達らしき男の人を連れています。私があまりに遅いので、心配して、バイクを持っている友達に来てもらったのだそうです。なのに私に、遅いよ、と怒るでもなく、心配したよ、と押しつけがましく言うでもなく、冗談っぽく、乗ってく?と聞くのです。

急こう配の山道を、三人乗りのバイクは颯爽と走っていきます。道がでこぼこなので、なかなかスリリングなドライブでしたが、爽快です。あっという間に街に戻ってきました。

何度もお礼を言ってドライバーの友達とはそこで別れ、昨日寝られなかった疲れを考えて、一度ホテルに戻ることにします。

帰り道の途中、バナナを満載にしたトラックの後ろを走っていると、子供たちが走ってきて、荷台からバナナをもいでいきます。

通りすがりのおじさんが、子供たちをどなりつけますが、悪びれる様子も見せない子供たち。私に気がつくと、バナナを食べながら、ハロー、と明るく笑いかけます。

インドの子供たちは強く、そしてみんな楽しそうです。パワーの塊のようです。

インドの大人たちは、悪いことをする子供を、どこの子だろうと容赦なく叱ります。

孤独そうな人がいないのです。誰も無理をしていない、なんだか皆が健康的でまっとうな感じがします。貧困など問題は沢山抱えているとは思いますが、大人がよその子供を叱れる社会である限り、何が起きようと、その国は大丈夫だと思いました。

ホテルの緑豊かな気持ちのいいガーデンで、本を読んだり日記を書いたりしながらゆっくり休み、夕方、夕日を見に、山の上にあるタイガーフォートへ向かいます。

山道を走っていると、古い城壁がどこまでも続いています。マハラジャが作らせたそうです。私は、古い建造物がとても好きなので、可能ならば、その城壁をどこまでも歩いて行きたかったのですが、名前の由来からわかる通り、暗くなるとトラがでるそうなので、やめておきました。

車で走っていると、突然大きなものが飛び立ちました。何かと思って見てみると、孔雀です。孔雀が飛ぶところなんて、初めて見ました。ドライバー曰く、5メートルくらいは飛ぶことが出来るそうです。孔雀のような大きく美しい鳥が飛ぶ姿は、ちょっとすごい光景でした。火の鳥が思い出されました。

車を降り、高台へ向かいます。本当は一人で行きたかったのですが、人が少なくて、観光客もいないので危ない、という事で、ドライバーがついてきてくれました。

タイガーフォートからの景色は、大地でした。広大な大地。

乾燥していて、ほこりっぽくて、緑も少ない砂漠の町なのですが、そこに人々がぎゅうぎゅうと集まり、そのせいもあるのか、豊かで力強い感じがするのです。地球は多様で大きいなあと思いました。

帰り道、車に乗って外を見ていると、古い城壁の上で、落ちてしまった夕日のあとを見つめているインド人がいました。彼にとって、夕日を見つめるのは日常のようでした。ただただぼんやりと、太陽が沈んだ後の空を眺めています。

彼が羨ましくなりました。見ようと思えばいつでも夕日は見られるのに、旅行でも出ない限り、夕日を見ようとは思わない私の日常と彼の日常とでは、なんという差があるのでしょうか。

この人は何を考えているのだろう。どんな毎日を過ごし、どんな人生を送るのだろう。

話したこともない人、二度と会うこともない人の人生に思いを馳せながら、山道を下っていきました。

夕飯は、ドライバーの友達の家でごちそうになることになりました。

< /span>

その一帯は下町らしく、外国人は珍しいようで、子供たちがこれでもかというくらい集まってきます。人ごみをかき分けて、おじさんの家に入ります。

長屋のような造りで、親戚や友達などみんなで暮らしているようで、子供が多く、にぎやかです。(ちなみに、インドでは、いとこも兄弟と呼ぶようです。親族の結びつきの強さを感じます)

キッチンには、石造りのかまどがあり、女性たちはしゃがんで家事をしています。小麦粉をねって、適当に分け、器用に丸く広げていき、チャパティが、どんどん出来上がっていきます。

夜ごはんが出来上がるのを待っている間に、トイレを借りると、インドでは紙ではなく水で洗うのですが、その貯めてある水の中で、ぼうふらのようなものが元気に泳いでいました。何とか避けて使用しましたが、気づかなければ良かったです。ちなみにこの水を使う洗浄法、慣れるととっても快適です。

カレーとチャパティをごちそうになった後、その家の女の子に呼ばれて、向かいにある別のお宅に遊びに行きました。

そこでは10代から20代の若い女の子達が5、6人集まって、ヘナタトゥしていました。この地方に昔からあるボディペイントで、ヘナを使って体に絵を描いていくのですが、これがなかなか芸術的で美しいのです。唐草模様のような、流線的で複雑で細かい柄を、指先から手の甲、腕に向かって描きます。私が登場すると、皆にぎやかに迎えてくれ、片言の英語でひとりづつ自己紹介が始まりました。ここでも、私の名前はカナだ、と紹介すると、皆に大笑いされました。

一人の女の子が身振り手振りで、ヘナアートを描いてくれると言います。一番ポピュラーな手の甲に描こうとするのですが、仕事上困るので、上腕の人目につかない場所に描いてもらうよう頼みます。手に描く方がきれいなのに、と残念そうにする女の子達。私も残念でした。手の甲から腕にかけて、唐草模様が絡みつくように描かれているのは、本当に綺麗だったのです。

女の子は、ヘナのチューブをしぼって、私の腕にさらさらと模様を描いていきます。これを、普通の女の子がやってしまえるからすごい。アーユルヴェーダもそうですが、母から子へと伝わる文化があることを、羨ましく感じました。この子たちが都会にでて、サリーではなくジーンズをはき、コーラを飲み、自分達の文化を否定して西洋文化を追いかけるようになったら、寂しいなと思いました。勝手ですが・・。

ヘナタトゥが終わると、今度は皆で歌のお披露目会です。日本の歌を歌って、と言われ、おぼろ月夜を歌いました。女の子達も、恥ずかしがりながらインドの歌を歌ってくれました。皆、本当にうまい。抑揚があり、独特な節回しで音程を自由に操ります。学校で歌い方を学ぶのか、と思えるほどです。その後はインドのポップミュージックをかけて皆で踊ります。正直疲れていましたが、女の子達の、裏表のない、明るい笑顔を見ていると、なんだか期待にこたえなきゃいけない気がして(笑)頑張って踊りました。

一週間という短い旅行でしたが、随分充実の旅行だったな、となかなか満足でした。見たことのない美しい景色を見るのも旅行の醍醐味ですが、現地の人と触れ合う事で旅行はより充実したものになります。

インドには、何度も通う事になりそうだな、次回は、南か西の方かな、そう考えて、今からわくわくしています。

訂正です。ジャイプルの、家族経営の宿の名前は、ヴィシュヌゲストハウスでした。

以前のスタッフブログ

 寝台列車で眠り、目覚めてみると、同じボックスシートには、家族づれが座っていました。

夜のうちに泊まった駅で乗ってきたのでしょう。小学校低学年くらいの男の子二人、年少の女の子一人、母親らしき女性が二人、さらにその母親らしき年配の女の人。女の子はまだ眠っています。

片言の英語で話すには、ジャイプルにあるおじいちゃんの家に遊びに行く、とのことでした。

この家族が、実にいろいろな食べ物を私にくれるのです。マンゴーや、パン、ナッツ、お菓子。皆で一緒に同じものをつまむので、宿で言われた警告など忘れてありがたくいただきました。

一時間ほど遅れ、ジャイプルに到着しました。雨季のインドとはいえ、やはり砂漠の町。バラナシより暑く、乾燥しています。そして、車が多くて排気ガスが苦しく、うるさい。早速頭が痛くなってきました。これはきついかも・・。

帰りのデリー行き電車のチケットを買い、(あまりの暑さにエアコンシートを奮発してしまいました)声をかけてきたオートリキシャーの運転手が勧めるままに、家族経営のゲストハウスに向かいます。ガイドブックを持っていないので、何の情報も無く、もうジャイプルでは運転手任せにする事にしました。

テラスに面した部屋が、300ルピー。お父さんが、自分の部屋だと思ってくつろいで、と、にこりともせず言います。子どもたちが、実に良く働いています。冷水を使ったエアコン(すごく大きい)も付いているし、ここは良いかも。部屋に荷物を置き、シャワーを浴びて、早速観光に向かいます。

ジャイプルは古いまちで、ピンクシティと呼ばれています。ピンクに塗られた古い建物が多いのです。デザインもかわいいので、見ていて楽しいのですが、とにかく排気ガスと騒音がひどくて、ドライブを楽しむ事も出来ません。

運転手は、料金の話をすると、

「あなたが決めればいい。満足したらそれだけ払えばいいし、満足じゃなかったら安く払えばいい」

と言います。

「相場もわからないのに、値段の決めようがない。高いも安いもわからない」

と言っても、意見を曲げません。一体どういうつもりなんだか・・もう面倒になってきたので、本当に払いたい額しか払わない事にしました。

とにかく、古い建物が見たい。それだけ告げて運転手任せにしていると、大きな湖に連れてこられました。湖の中にマハラジャの使っていた別荘が建っています。

太鼓の音と歌声が聞こえてきたので、引き寄せられるようにのぞいてみると、簡単に建てられたテントのなかにたくさんの人が座っていて、年配のおじいさんに何事かを祈ってもらっています。この歌と太鼓の見事さに聞き惚れていると、歌っているおじさんが入れと手招きします。

この太鼓、叩いているのは十代とも思える若い男の子なのですが、手の動きが見えないくらいに早いのです。歌も、素晴らしい。

ラージャスターン地方は、イスラム教徒の多い地域だそうで、このお祈りがイスラムかヒンドゥかはわかりませんが、私の番が回ってくると(待っていたわけではなかったのですが手招きされました)おじいさんが私の頭に何度も孔雀の羽を振り、何事かを唱えてくれました。

歌っているおじさんに、お布施を、という身振りをされ、外国人だし、と20ルピー渡すとおじいさんは10ルピー返してきました。

たったこれだけの事が、とても嬉しく感じられました。

熱心な信者でもないのに、というか何の宗教かさえわかってない外国の小娘を迎え入れ、祈ってくれるなんて。この懐の大きさ。

その後、カーペットを作る工房などに連れていかれました。全て手作業なのですが、その技術が凄い。子供の頃から五十年近くじゅうたんを作っている、というムスリムのおじさんの、手元が見えないのです。(子供が1ダースいると言っていました)デザイン画を見ながら、色んな色の毛糸を手にして、どんどん編みこんでいきます。教えてもらいながら私もやってみました。なかなか面白かったのですが、一日中やっていたら、肩こりも腰痛も眼精疲労もひどくなりそうです。その後商談ルームのような場所に通され、大変な買え買え攻撃に苦労して何も買わずに出てくると、陽が暮れかけていました。

ドライバーの紹介で、アーユルヴェーダのマッサージが出来るというおばさんを紹介してもらい、受けてみる事にしました。

肝っ玉母さんという感じのおばさんに名前を聞かれ、私の名前はカナだと言うと、驚いて笑った後、おばさんは私の名前はマンジュウ だと言いました。今度は私が驚く番。

「まんじゅう?本当?日本での意味知ってる?」

「知ってる知ってる。マンジュウ、カナ。まんじゅう食べる」

ひとしきり二人で笑った後、おばさんはバイクの後ろに私を乗せて、自宅へと連れていってくれました。

頭の先からつま先までマッサージを教わり、その後ごはんをごちそうになります。野菜のカレーとチャパタ、あとヨーグルトにバナナを混ぜたスープは美味しく、ああ、今度こそお腹壊すかも、と思いながら満腹になるまで食べてしまいました。おばさんの子供やだんなさんみんなでテレビを見てゆっくりした後、ゲストハウスまで送ってもらいました。

以前のスタッフブログ

 今日は、朝からゲストハウスの近くの道場でヨガのレッスンを受けます。

家では、本を参考にしつつ自分でやっているのですが、レッスンを受けるのは初めて。

今日の生徒はカナダ人の二十歳の女の子と私だけでした。一時間半で、150ルピー。500円しません。

「ヨガの目的は、ポーズを取ることではなく、自分と向き合い、瞑想することにあります」

そう言って始めたヨガは、体を隅々まで動かしてストレッチする事をメインとし、難しいポーズは一つもないどころか、ヨガっぽいポーズもありませんでした。

最後に死体のポーズになり、静かな声で瞑想へと導かれるのですが、これが今まで体験した事のない気持ちよさなのです。意識はあるけど眠っているような・・時間の概念などが全て消えてなくなりました。どのくらいそうしていたのかも覚えていません。

体がふわふわしているような、とても気持ちの良い状態のままで道場を出て、ガンジス河に向かいます。

今日は夜行電車でジャイプルまで移動するので、ガンジス河を見るのもこれで最後・・目に焼き付けておこうと思い、河のそばで腰をおろしてぼうっとしていると、上流から何かが流れてきます。

人っぽい・・またサドゥの死体かな。そう思って見ていたら、普通の生きているおじさんでした。体中の力を抜き、ぷかぷか浮かびながら流されていきます。

見ていると、二人三人四人と後から後からおじさんたちが流れてきます。

雨季なので流れは結構速いのですが、力を抜いて、ガンジス河にすべてをゆだね、それがとても気持ちよさそうなのです。母なるガンガーに抱かれているのです。

適当なところまで流されて行くと、おじさん達は泳いでガートにたどりつきます。用事があったけど、歩くのが面倒だから、河に流されてきた、という感じです。

本当にインド人は面白い。

私の後ろでは、沐浴に来ているおじさん達が喧嘩を始めました。怒っているおじさんは、怒りに身を任せるというよりは、すねているようです。沐浴せず帰ろうとするのを、その場にいたおじさん達が口々になだめます。怒らせたおじさんもなだめつつ、またからかうので、怒っているおじさんの怒りはおさまりません。笑いつつなだめつつ、皆で沐浴します。

なんだか、人間がとても生なんです。

本当にインド人は面白い。

ガンジス河を後にして、電車の中で食べるバナナ、マンゴー(絶品!)と軽食を買って荷造りし、駅へと向かいます。

私の取ったシートは、エアコンなしの寝台車。320ルピーでした。順調に行けば13時間でジャイプルに着きます。

宿の人に、電車の中では気をつけなさい、睡眠薬を入れられるから、勧められても中で飲食したらだめですよ。

と散々言われ、どんな電車なんだと思っていましたが、危険な事が起こりにくいくらいオープンな車内でした。ボックスシートになっているのですが、皆が普段座るそれが三段目のベットで、二段目のベットは寝る時までたたまれています。私のベットは、一番上だったので、いつでも寝られるし、荷物も置いておけるし、人目につかないし、一番良いと思いました。荷物を早速くくりつけて鍵をかけ、三段目の、そのうち誰かの寝るシートに腰掛けて外を見ます。

電車は案外時間どおりに走り出します。

意外なことに、郊外に出るとそこからはずーっと田園風景でした。もっと手つかずのジャングルや、荒野を想像していたのですが、きちんと手入れされた田んぼがどこまでも続きます。後から聞いた話ですが、インドでは一年に三回お米が取れるそうです。

田園風景の中、鮮やかなサリーで歩いている女の人たち。同じくらい鮮やかな孔雀。(孔雀は沢山いました)しゃがんでいるおトイレ中の男の人たち。(孔雀と同じくらい沢山いました。みんなお通じがいいのかしら)インドの電車は想像していたよりずっと早く、スムーズな走りでした。

しばらく外を見ていると、男の人が、

「カナカナカナ・・」

と言いながら歩いてきます。

私の名前は加奈なので、てっきり呼ばれたのかと思い、はい、と返事しました。

「カナ?」

「はい」

答えたとたん、思い出しました。インドでは、食べ物のことをカナというのです。名前は、と聞かれ、加奈だと答えるたびに笑われたり、信じてもらえなかったりしたのに、すっかり忘れていました。どうやら私は車内の食事を注文してしまったようです。あれだけ注意されたのに。

しかし、食事が来てみると、とても睡眠薬を入れる時間なんて無いよ!と言わんばかりに忙しそうなおじさん二人が、注文を受けた座席にがつんがつんカレーを置いていきます。

外国人かインド人かも確認する時間すらないようだったので、これは大丈夫だろうと思い、カレーを平らげました。

意外に長く眠ることが出来、朝になってベットを降りてみると、乗客が代わって家族づれになっていました。

・・続く・・

以前のスタッフブログ

 朝、遠くから聞こえる人々の歌声と、太鼓の音で目を覚ましました。五時半。

散歩しようと、ガンジス河のガート(沐浴所)に向かいます。

ガンジス河では、早くもインド人が沐浴しています。熱心に祈りながら、長い時間をかけて沐浴するおじさん。友達同士で話しながら、水遊びのように沐浴する男たち。普通に石鹸で体を洗っている人もいます。女の人たちも、サリーを身にまといつつ、ひっそりと沐浴しています。

屋台のチャイ屋の、素焼きカップに入ったチャイを飲みながらインドの人たちの日常を見ていると、どこからか歌声と太鼓の音が聞こえてきました。かなりたくさんの人の歌う大合唱が、少しづつ近づいてきて、気がつくと私はおじさん達の大合唱の中にいました。

あっという間に涙が出てきて、とまらなくなりました。

その歌の素晴らしさ。切なく、哀愁に満ちていて、しかも一人一人が情熱を込めて歌っています。そしてすごく上手い!みんな本当に良い声。みんなで合わせようなんてみじんも思ってないのに、神様に捧げるその歌は、一つの大きなうねりのようになっていました。すごいパワーを感じました。

多分、こんなに心を揺さぶられた事は未だかつてありません。茫然としました。

本当に来てよかった。

人が宗教を持つ、ということは、とても幸せで気持のいい事なのかもしれないなあ、と思いました。

すぐそばにある寺院に向い、お祈りをし、おでこにオレンジ色の粉で印をつけてもらい、いい香りのする花とろうそくをのせた葉っぱで作ったお皿をもらいました。火をつけて、大好きな人たちの事を考えながら、ガンジス川に流すのだそうです。

葉っぱのお皿は案外丈夫で、消えそうでたよりないろうそくの灯をのせてしばらく流れていましたが、そのうち沈みました。お花とろうそくだけはそのままばらばらに流れていきましたが、ろうそくもそのうちに見えなくなりました。

なんだか、清々しい気持ちになりました。

いろんなインド人が「ジャイプルはいいよ!」と言うので、寝台列車のチケットを買いに駅に向かいます。駅までの相場は20ルピーだと聞いていたので、リクシャーワーラーに20で行ってと言うとあっさりOK。そうなると、本当にいいの?私旅行者だよ、生活出来てるの?とその人を心配になるから不思議です。ふっかけられると、意地でも交渉するんですけどね・・。

無事、明日の寝台列車のチケットを手にいれ、サールナートというお釈迦さまが初めて仏の教えを説かれた場所にリキシャーで向かいます。

喧噪を離れ、緑豊かな道をリクシャーに揺られて行くのは、とても気持ちが良いです。途中小腹が空いたので、サモサが食べたいと伝えると、小さな店に寄ってくれました。そこのサモサの美味しいこと!ジャガイモとピーナッツが入ってるんですが、全然辛くないのです。美味しいものを食べながら、リクシャーに揺られる至福の時間を過ごし、サールナートに着きました。

でもここは何と言うか・・ただの公園でしたね。リクシャードライブの方が、私には楽しかったです。しかも、このリクシャーワーラー、痩せていて一見おじいさんなんですけど、とても感じのいい顔をしているんです。生まれた時から笑顔です、という感じ。典型的インド人とはちょっと顔が違うので、ネパールの山の方から来たのかな?とも思うのですが、不自由な英語で、いろいろ指さして何やら教えてくれるんですね。それが本人も楽しそうなんです。

ただ、かなり距離があって、帰りは一時間以上こぎ続けていたので、痩せたおじさんにはちょっと辛そうでした。

しかも、駅で話した時は、サールナートまで往復150ルピーで手を打ったのですが、帰る先をガンジス河の方に変えたので、ちょっと遠回りになったのですね。

着いたとたんに、若者達がどこ行くの?と近づいてきて、軽く人だかりです。リクシャーおじさんに、遠回りしたから、170ルピーでどう?と言うと、性も根も尽きたような顔のおじさん、はあはあ言いながら、ちょっと悲しそうな顔で肩を落として、いいよって言います。

そ、それは良くないのよね?あなた本当にインド人ですか!?このインドで生きていけますか!?

もうほとんどそのリクシャーおじさんを好きになっていたので、肩をたたいて笑いながら、大丈夫?と聞きます。まわりの人だかりもどうしたどうしたとおじさんに聞きます。

「すごく大変だったから、200ルピーくらいもらえたら嬉しいんだけど・・」

俯きながら言うのです。

回りの若者たちも、わいわい言ってきます。

「確かにこの人すごく疲れてるよ」

「サールナートは遠いよ」

「200払ってあげなよ」

「うーん、わかった。確かにあなたは大変だった。私は知ってるよ。200払うよ」

そう言うと、笑顔になるリクシャーおじさん。あなたの笑顔が私もうれしいです。

「ああ、この女の子はいい子だ。いい子だよ、みんな」

周りの若者たちが騒ぎます。

その夜は美味しいチーズのカレーを食べました。マイルドで本当に美味しかったです。インドではベジタリアンフードだそうです。

インドのベジタリアンは、乳製品はOKらしく、それなら私もできるかも、とインドに来てからはお肉を食べていません。でも、豆のカレーも野菜のカレーもチーズのカレーも種類が多くて、インドでは苦ではないです。だからお肉を食べない人も多いんですけど、みんな体格いいんですよね。油と乳製品のせいなのかしら。

以前のスタッフブログ

 バラナシ空港のまわりは、のどかな田園風景が広がっていました。エアポートタクシーに乗り(料金は決まっています)念願のガンジス川を目指します。

ドライバーと、自称ガイドが一緒に乗ってきて、しきりに街中心部のホテルを勧めますが、ガンジス川のそばのゲストハウスに泊まると決めていたので、乗ってる間中ずーっと言い合い。

「今は雨季でガンジス川は増水していて(本当)ゲストハウスはみんなクローズしている(嘘)」

「それを自分の目で確かめてから決める」

「街中のホテルの方が、駅も近いしバス停も近いし安全だよ」

「ガンジス河のそばがいいの」

「今は雨季で・・(最初に戻る)」

あのしつこさは、日本にいるとお目にかからないので、多分大体の人が途中で面倒臭くなってしまうのではないか、と思います。しかし、曖昧な断り方は、インドではイエスだととられてしまうようです。にごす、という事が不可能な国・・。

途中でタクシーを降り、徒歩でガンジス河に向かいます。牛と、人と、リキシャーと、車とサルと犬(みんな病気)でごったがえしの中を、進んでいくと、いつの間にかムスリム人街に入っていました。ヒンドウの聖地に、ムスリム人街。世界では、宗教が原因で殺し合いをしている所が多いのに・・。

後からいろんな人に聞きましたが、ヒンドウ教は多神教で、なんでもありのオープンな側面があるらしく、インドではムスリムも、仏教も、ヒンドウ教も、ジャイナ教も、みんな仲良く暮らしているようです。

狭い路地が、マーケットになっていて、食器や文具、スパイスや衣類などいろんなものが所せましと置かれています。面白い!牛の糞とスリに注意しつつ歩いていると、青年が声をかけてきました。

「火葬場に行くの?」

「決めてない。適当にガンジス河に向かっている」

こっちだよ、と勝手に案内を始めます。いやな予感。

「自分で行けるから。ありがとう」

「僕悪い人じゃないよ」

「一人が好きなの」

「迷っちゃうよ」

「そしたらまた聞くからいいの」

「僕悪い人じゃ・・(くりかえし)」

何を言ってもついてくるので、というか勝手に先導してくるので、私も彼のことをあまり気にせず、気になるところで立ち止まり、気になる路地を勝手に曲がったりしていました。

ガンジス河のそばの路地は、迷路のようにせまく曲がりくねっていて、しかも町全体が古いです。人々の住む家々はみっしりと立ち並び、その間に当然のように古いヒンドウ教寺院があります。蔦がからまり、中から大木が顔を出している様は、神秘的でとても美しく、立ち止まって見上げ、溜息をつかずにはいられません。

そのたびに彼は走って戻ってきて、

「そっちじゃないよー」

とせかします。ああ、善意風の笑顔がまたタチが悪い。

「ここが奇麗だから、私はここにいる」

「あそう」

青年は、寺院を見上げている私をそばで黙ーって待ちます。あああ。

図らずも青年に連れてこられる形で、ガンジス河に到着。火葬場のそばには建物があり、そこに登るとガンジス河の素晴らしい景色が広がっていました。

大きく、濁った川。悠々と流れています。ミルクティのような色です。でも、汚い感じがしません。小さな事ではびくともしなそうな、インド人のおじいさんに似ています。比べて日本人は、山の間を流れる透明な小川、奇麗で繊細なせせらぎに似ているなあ、と思いました。

火葬場で焼かれる死体が、次々にガンジス河で清められていきます。そのそばを、ミイラ化した遺体が流されていきます。普通の人は、お清めの為に焼かれ、灰を流されるようですが、幼児や、事故死した人、サドゥ(修行僧?)はそのまま流されるようです。見たところ流れてきた死体はサドゥのようですが、その足がボートをつなぐロープにひっかかり、流れるのをやめてしまいました。ボートの持ち主が、面倒くさそうに、乱暴な感じでロープをふり、ひっかかった足をほどきましたが、そのあたりの河の流れは停滞していて、皆に尊敬されていたかもしれないサドゥは、いつまでもボートの隙間にぷかぷか漂っています。何とも言えない気持ちでしたが、反面、死は全然特別な事じゃないんだなあ、と思いました。

日本では、死は忌み嫌うもの、隠されるもの、という感じですが、隠されると死は、どんどん未知の怖いものになる気がします。死は生きているのと同じように、特別な事じゃない。みんな死ぬんだ、一緒なんだ、と思えただけでも、ここに来られて良かった、と思いました。日本人バックパッカーにバラナシが人気なのも、みんなそれが知りたいからなのかもしれません。

青年が、痩せたサドゥのような風貌のおじさんを連れてきました。マザーテレサのように、身よりのない、貧しい老人達が幸せな最後を過ごせるような施設をやっているようです。

その人は河を見ていた私の隣に座り、ヒンドウ教について、世界について、なんだか素晴らしく聞こえる話を始めたのですが・・ハッパでもやっているのでは?と思えるほど目が濁り、光も鋭さも賢さも意志もそこからは感じられず、とても素晴らしい人には見えません。

そして話しながら、寝るんです。

どんどん口がまわらなくなってきて、言葉はただ口からもれる音になり、目が閉じてゆきます。で、うつむいてしばらく寝た後、ふっと顔を上げ最後の言葉を言うんです。

「For people aaaauuuuu・・・・・・・・・・・・・(しばらく寝て)Life」

笑いをこらえるのに必死でした。

話が終わるのを待っていられないので行こうとすると、そのおじさんがお布施を要求してきました。それが、1000ルピー!!一泊300ルピーで泊まれるのに!

「そんなお金はない」

「人々の為に」

「無理だってば」

「あなたのグッドカルマの為に」

「あなたのしていることも、宗教も尊重しているけど、私はヒンドウ教ではない」

「関係ない、神にはあなたも私も同じだ。人々の為に(繰り返し)」

これ、本当に断りにくいです。が、50ルピーだけ渡してさっさと去りました。

後から他の人に聞
くと、お布施は10ルピーで十分だそうです。

青年が、次はどこに行く?と聞いてくるので、

「ただ散歩したいだけだから、もう、ここからは一人で行く」

と告げると、青年の顔色が変わりました。

「でも、僕はあなたの為に時間を費やした。いろいろ説明したし、案内した」

「頼んでないよ」

「でも、僕の仕事はガイドだ」

「だから、頼んでないでしょ」

「じゃあ、いままで案内した分のお金をくれ」

「あのね、私があなたにガイドを頼んで、あなたが引き受けて、初めてあなたは私のガイドになるの。でもね、私は頼んでないの。私は一人が好きだと、何度も言ったでしょう」

ここで怒ってしまう外国人旅行者がかなりいるのですが、理にかなった事を、切々と、言い聞かせるように話すと、案外あっさりわかってくれます。

青年はしゅんとした様子で、

「わかったよ。でも僕は悪い人じゃないよ。いろんな日本人が良い人だと言ってくれるよ。ただ、今はオフシーズンだから・・」

「あなたが良い人なのは知ってるから」

「じゃあせめて、僕の店に行かない?安いお土産たくさんあるよ」

うーん、すごい。インド人。でも、なんか憎めない。

フレンズゲストハウスという、家族経営のゲストハウスに泊まる事にする。60ルピーで泊まれるドミトリーが改装中だったので、最上階の、テラス付きの部屋に300ルピーで泊まることにしました。これが、大正解。部屋も清潔だし、ホットシャワーもあるし、風通しもよく、ガンジス河も町並みも見ることが出来ます。

近くの食堂でカレーと、欲に負けてラッシーを頼み(以前ネパールで猛烈な食中毒を起こしました)テラスで軽くヨガをして寝ました。